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東京地方裁判所 昭和53年(ワ)2057号 判決 1984年9月12日

原告

ゴーショー・エンジニアリング株式会社

右代表者

野中治兵衛

右訴訟代理人

藤井孝四郎

被告

株式会社宮入製作所

右代表者

宮入忠明

右訴訟代理人

朝日奈新

山城昌巳

酒井伸夫

主文

一  被告は、原告に対し、金三五四〇万七九七五円及びこれに対する昭和五三年三月一四日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決の主文第一項は仮に執行できる。

事実《省略》

理由

一本件契約の成立

原告が輸入機器類の国内販売を業とする株式会社であり、被告が高圧バルブの製造及び販売を業とする株式会社であること、原告が被告に対し、昭和四八年八月一三日、西ドイツヘアコマ社設計製作のプロパンガス用バルブ自動組立機(ロータリーテーブル組立機一台、組立ライン二台、検査及び最終組立ライン二台)を請求原因二のとおり合計二億四二二六万三六〇〇円で納入する契約を締結したことはいずれも当事者間に争いがない。

ところで、本件において、被告は、不完全履行に基づく損害賠償債権による相殺を主張するので、本件契約の法的性質について検討しておくと、<証拠>を総合すれば、被告は、昭和四八年、高圧プロパンガス用バルブを若干の作業者を要するほかは自動的に製造する機械設備一式の導入を計画し、原告の紹介により、ヘアコマ社に被告工場における製造過程・製造用部品・製品及びこれらの図面を示して自動製造システム製造の可能性を打診したところ、同社はこれを可能として同社の立案設計による本件機械のプランを示したので、被告は右機械を購入することを決定したこと、原告は昭和四八年七月一九日付で被告に対し本件機械の見積書を交付し、被告は同月二四日付で原告に対し注文書を交付して本件契約が成立したこと、その際、原被告間では、本件機械はヘアコマ社が製造し、原告がヘアコマ社から輸入して被告に納入すること、納入に当たり、原告は被告三島工場に据え付けたうえ、被告の操業が可能な状態として引き渡すことが合意されたこと、見積書における本件機械の代金は、原告のヘアコマ社からの仕入価格(積出港渡ドイツマルク建価格)に海上運賃・輸入保険料・輸入関税・輸入手形ユーザンス金利・銀行諸掛・通関及び指定場所への搬入仮置等の諸掛・原告の取扱手数料を円建てで加算して算出されていたことが認められ、これらの事実によれば、ヘアコマ社と原告との間の契約はいわゆる製作物供給契約であるが、原告と被告との間の契約は、原告が将来ヘアコマ社から供給を受けて所有権を取得すべき生産設備一式の被告への売却契約であり、将来製作されるべき不代替物で不特定物である機械一式を目的とする売買契約であつて、原告において被告の工場に搬入据付けをし被告の操業が可能な状態として引き渡す義務を負担する点において請負的な要素も含まれるが、契約全体からみればそれは売買契約における目的物引渡しの一態様と評価すれば足りるものと考えられる。

このように特定の最終需要者のために製作される非汎用品たる生産設備の売買契約においては、製作し引き渡された目的物に不具合な点が存在した場合にはその修補の問題が起こり得るが、不特定物を目的とする売買契約において、売主から給付された目的物に不完全な点(以下「瑕疵」という。)がある場合、買主は完全な給付として瑕疵のない代物の給付を請求する権利を有するとともに、完全な給付を求める場合の一態様として、瑕疵の修補請求をすることもできると解するのが相当である。

二本件機械の引渡し

原告が昭和四九年八月から同五〇年三月末までに本件機械を順次被告三島工場に搬入して据付けを完了し、試運転をしたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、昭和五〇年三月末日までの間にヘアコマ社の技術者及び原告の社員土屋光男が本件機械の据付け・調整及び被告の社員に対する技能修得訓練に当たつたこと、被告は本件機械の据付け後直ちに右機械調整及び技能習得訓練と並行して本件機械を使用してのプロパンガスバルブの工場生産を開始したこと、右操業に伴い本件機械の各所に不具合の点が発見されたので、土屋は引き続き昭和五一年三月末日までの間被告三島工場に常駐して本件機械の調整及び改良に取り組み、昭和五一年三月末には被告社員も本件機械の取扱い及び調整方法に慣れたうえ不具合も減少し、本件機械による工場生産が平常化したため、土屋は昭和五一年三月末日をもつて被告三島工場から引き揚げたこと、その後被告はときに原告社員の来援を得て本件機械の調整・修理・改造を受けながら、本件機械を使用しての操業を続けていることが認められるから、原告は右昭和五一年三月三一日をもつて被告に対する本件機械の引渡しを終え、被告はこれを受領したものということができる。

被告は、本件機械に重大な瑕疵が存在したため被告による検収は未了であり、引渡しも未了であると主張する。

被告の主張する「検収」がどのような法律的意味を有するかは明らかでないが、売買契約における目的物の引渡しは、目的物の占有を売主の引渡し義務の履行として売主から買主に移転する行為であつて、客観的にみて目的物に対する事実上の支配が売主から買主に移転したと評価できる事実関係が存在すれば足り、買主による積極的な受領行為ないし給付として受領することを認容する意思の表示を必要とするものではないから、被告が検収をしないことは原告による引渡しの効果を否定する理由とはならない。本件の場合、被告三島工場に据え付けられた本件機械は、土屋が被告三島工場に駐在して調整・修補に当たつた昭和五一年三月末日までは原告の占有下に置かれ、被告は原告の占有代理人としてこれを所持しながら、原告の承諾のもとにこれを被告の利益のために使用していたものと解されるが、土屋の引揚げの際、簡易の引渡しによる占有移転がなされたものと解することができる。

三部品の売買契約の成立

請求原因四の事実中、別表一のハ、ニ、ホ、ヘ、ト、リ、ヌについて被告が原告に対して代金支払債務を有することは当事者間に争いがない。

その余の別表一のイ、ロ、チについて判断するに、<証拠>によれば、右各部品は本件機械の使用に伴い保守上必要となる本件機械のスペア部品であつて、被告の注文により原告がヘアコマ社から輸入し、被告に原告主張の各金額で売り渡した事実を認めることができ、原告が右各部品を原告主張の日時に被告に納入して引き渡した事実は当事者間に争いがない。

この点につき、<証拠>によると、被告は本件機械の買受け注文を発した際、注文書に「特に激しい消耗部品は予備として含めること」との注記を付した事実が認められるけれども、原告が被告の右申込みを承諾したことを認めるに足りる証拠はなく、前記のとおり本件部品は被告が本件機械を使用して生産を開始してから一年以上経過した時点における納入部品であることからすると、サービスとしての無償提供品であるとは到底いい難い。

四代金支払期限を検収終了時とする合意

抗弁一についてはこれを認めるに足る証拠がない。

すなわち、<証拠>によれば、原告が被告に交付した見積書においては代金中九〇〇〇万円は契約時に、残額は各機械納入時に現金で支払う旨及び各機械の納期をそれぞれ昭和四九年六月から一二月までの間に各別に定めた記載があり、被告が原告に交付した昭和四八年七月二四日付の注文書においては、各機械の納期は右見積書の記載と同一としつつも、支払条件については「別紙支払計画表による」と記載した事実が認められるけれども、右支払計画表は証拠として提出されていないうえ、右見積書の記載に照らすと、右注文書の記載どおりの代金支払方法の合意が成立したとは認めるに足りないのであつて、結局代金支払期限を検収終了時とする合意を認むべき証拠はないのである。

五損害賠償債権による相殺

1  被告は原告の引き渡した本件機械に多くの瑕疵があり、これによつて人件費増加・取替部品代価・Cリング損傷による部品代と人件費・機械修理費用・クレーム処理費用・逸失利益など各種の損害を被つたとして、不完全履行に基づく損害賠償債権を自働債権とする相殺を主張する。

ところで、前述のとおり、本件契約は不特定物の給付を目的とする売買契約であると解されるところ、かかる売買契約において給付された目的物がその物の通常の使用に適する性質を欠き又は契約において特定ないし前提とされた一定の性質を欠いて完全な給付をしたことにならない場合には、買主は完全な代物の給付請求権を有するとともに、不完全な給付物について瑕疵の修補請求をすることもできると解されるのであるが、この瑕疵の修補請求をしたにもかかわらず売主がこれに応じない場合には、売主に対し不完全履行に基づく債務不履行責任を追求することもできると解される。しかしながら、これは債務不履行の一般法理によるものであるから、右売主の不履行に基づき契約を解除し又は損害賠償を請求するためには、買主の負う義務の履行又は履行の提供をして、売主を遅滞に付することが必要である。

2  ところで、<証拠>を総合すれば、原告は、昭和五一年三月に至り、本件機械が平常運転可能な状態に達したと考え、土屋を同月末限り被告三島工場から引き揚げる方針を定めると同時に、被告に対し既に支払を受けていた九七〇〇万円を除く残額の支払を請求したこと、これに対して、被告は昭和五一年三月二五日付の書面で、各機械の問題点を挙げて、契約時に原告が約束した生産量の半分程度しか生産があがらないので、本件機械の現時点での価値は六〇パーセントと判定すること及び被告としては引き続き本件機械を使用するので仕様どおりに能力が発揮できるよう早急な調整を望み、被告が検収合格と判定した時点で六〇パーセントを超える残額を支払う旨の書面を原告に交付して同意を求めたことが認められるから、被告はこれにより引渡しを受けた本件機械について不完全な給付であることを明らかにしてその修補を求めたものということができる(抗弁二3の事実は当事者間に争いがない。)。

しかしながら、前掲各証拠によれば、右書面の送付後、被告は同年三月三一日三四〇〇万円、同年四月一五日一〇〇〇万円を支払い、支払総額は契約代金に対して58.2パーセントとなつたが、瑕疵による減価部分としてその余の支払を留保したことが認められ、その後残額一億一二六万三六〇〇円を今日まで支払わないことは弁論の全趣旨上当事者間に争いがなく、右未払金員について被告が履行の提供をしたことについてはなんらの主張立証がない。

そうすると、被告は、瑕疵の修補請求に対する債務不履行に基づく損害賠償債権を取得する理由がなく、被告の相殺の自働債権をこの意味に解する限りは、被告の相殺の抗弁は失当となる。

3 不特定物を目的とする売買契約において、買主が給付を受けた目的物に瑕疵がある場合、買主はこれを売主の所有権移転義務及び引渡し義務の履行として認容したうえ、売主に対して瑕疵担保責任を追求することもできる。そして、被告が相殺の自働債権として主張する不完全履行に基づく損害賠償債権の発生原因事実の主張には、いわゆる履行利益の算定根拠となる事実のほか、いわゆる信頼利益の算定根拠となる事実も含まれており、弁論の全趣旨上、被告の抗弁二は瑕疵担保責任としての損害賠償債権を自働債権とする相殺の主張をも含むものと解される(この場合、相殺の主張の提出が履行の認容にほかならないものとなる。)。

ところで、民法五七〇条に基づく損害賠償請求は、売主の帰責事由を要件とせず、かつ、担保責任の内容は、目的物に不完全な点がなかつたならば買主が得たであろう利益を失つたことによる損害ではなく、買主が目的物に不完全な点があることを知つたならば被ることがなかつたであろう損害(いわゆる信頼利益)の賠償の限度で認められる。

また、一般に、瑕疵担保責任における瑕疵とは、原始的瑕疵、すなわち売買契約成立時に存する瑕疵をいうとされるが、本件のように、契約成立後第三者が製作する物を目的とし、かつ組立て・据付け・調整のうえで引き渡される機械設備の売買契約においては、売買契約成立時ではなく、売主が組立て・据付け・調整のうえ買主に引き渡す時点で存在する瑕疵が担保の対象となると解さざるを得ない。

更に、民法五七〇条の準用する同法五六六条一項によれば、買主が原始的瑕疵の存在を知つて売買契約を締結したときは、売主の担保責任は成立しないが、この理は契約成立時に現存する特定物を目的とする売買契約には適合するけれども、本件のような不特定物を目的とする売買契約において引渡し後の履行の認容により売主の担保責任が問題となる場合には、売買契約成立時の買主の悪意はそもそも問題とならないうえ、売買契約締結時には買主は右瑕疵の存在を予想しないで代金額を定めているわけであるから、引渡し時に存する瑕疵を買主が知つていたとしても、右買主の悪意は担保責任を否定する理由とはならないものといわなければならない。

4  そこで、別表二ないし四の各C欄の被告の主張に基づき、本件機械に存する瑕疵について検討する。

(一)  不具合箇所

<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

A ロータリー機について

(1) 別表二のA欄の第五ステーションにおいて、バルブステムの自動整列及び供給の作業に関し、パーツフイーダーからの部品供給が機械のタクトに間に合わず、遅れがちになる欠点があり、本訴における鑑定時の状態では、五分間に一回程度人手による補助を要する。また、スピンドル溝部への組込みの際、装入不良でスピンドルの締付け不十分なものが発生する。これは発生率は低く、おおむね手直しが可能で、完全不良品はほとんどない(以下、これを①と略記する。)。

(2) 同第八ステーションにおいて、Cリングバルブステムへの組込み作業が円滑に行われず、Cリングのゴムに傷がついたり、破損したものが組み込まれたりする。原告の土屋が種々補修を試みたが、解決せず、第八ステーションにおけるCリング組込みは昭和五三年四月以降人手で行うようになつた(以下、これを②と略記する。)。

B 組立機について

(1) 別表三のA欄の第三ステーションにおいて、スプリングの安全口への挿入がうまくいかず、一部土屋が改善したが、鑑定時においても、組立機の一台について、送りシュートの中で一〇回に一回程度ひつかかつて詰まる状態であり、また相当高い頻度で移送中に倒れ、倒れた状態のまま挿入される。これらは人手による手直しが可能で、鑑定時においては作業員がこれを行つている。ただ、この現象には被告が部品として使用しているスプリングの精度も関係しており、すべてが本件機械の瑕疵によるということはできない(以下、これを③と略記する。)。

(2) 同第七、八ステーション(B欄の第九、一〇ステーション)において、第七ステーションにおけるグランドナットとボデーのネジのはめ合わせの不適合品が第八ステーションに送られ、規定のトルクで締め付けるため締付け不良で増締めが必要なものを生ずる。また、頻度は少ないが、ネジ込みの際にかじりを生じてボデーを損傷し、完全不良品とすることがあり、これが完全不良品の総数のうちに占める比率は比較的大きい。そのため、作業員がトルクレンチを使用して確認のための締付けを行つている(以下、これを④と略記する。)。

(3) 同第九ステーション(B欄の第一一ステーション)において、ペイントの塗布が正確に行われない欠点が生じたため、人手で行うようになつたが、その後赤ペイントの塗布が不要となつたため、鑑定時以前にこのステーションは廃止された。なお、この欠点は、機械を停止した際にノズルに付着したペイントの固化によつて生ずるもので、保守作業の欠缺が原因である(以下、これを⑤と略記する。)。

C テスト機について

(1) 別表四のA欄の第三ステーション(B欄の第四、五ステーション)において、マノメーターに電気的な問題があつて、調整が微妙であり、狂つた場合の復旧に時間を必要とする。これに要する時間は、本件機械の全電気的な故障による停止時間のうち三分の一程度に相当する。被告において、昭和五二年五月、マノメーター一四台を国産品に取り替えて以来、故障は大巾に減少したが、一部のマノメーターはヘアコマ社が取り付けたエツカルト社製のものを引き続き使用しており、この分に問題が残つている(以下、これを⑥と略記する。)。

(2) 同第七ステーション(B欄の第九ステーション)において、安全口キャップを完全に固定できず、緩みを生ずるものがあり、ボデーに歪みを起こして完全不良品を生ずることがある。従来のスプリング式を改良して空圧シリンダー併用方式としたため、コーキングピンの折損事故は大巾に減少し、欠陥製品発生率や故障率も低下した。不良品の多くは手直しが可能であるが、コーキング作業が曲がつたり、ボデーに歪みを生じたりして、完全不良品を生ずることがあり、その比率も相当高い(以下、これを⑦と略記する。)。

(3) 同第九ステーション(B欄の第一二ステーション)について、ネジが供給されるとき、うまく入らず、トラブルの原因になる。鑑定時においては、セットスクリューがフイーダーの出口で詰まるものが多く、スプリングの詰まりよりも頻度は少ないが、テスト機の故障の中では頻度が多くなつている。ただ、これは部品取付具の磨耗及び調整不良が原因である(以下、これを⑧と略記する。)。

以上のとおり認められ、<証拠>中原告側で作成した書簡中には、右各不具合箇所について補修済みとし、あるいは不具合箇所の存在を否定する前述の存するものもあるが、右認定に使用した前掲各証拠と対比すると措信できない。

また、被告は、右に認定の不具合箇所のほか、別表二のC欄の4、別表四のC欄の3のとおりの瑕疵を主張するが、これを認定できる的確な証拠はない。

(二)  本件契約において約定された機能と実際の稼働率

<証拠>によれば、原告は、前認定の見積書において、それぞれの一〇〇パーセント稼働率を、ロータリー機について一分間約一八個、組立機について一分間約一四ないし一六個、テスト機について一分間約一四ないし一六個と表示したこと、これを受けて、被告は、前認定の昭和四八年七月二四日付注文書において、機械の稼働能力を右のとおり記載して注文を発し、そのまま契約に至つたことを認めることができるので、本件契約においては当事者間に各機械が右に記載のとおりの稼働能力を有すべきことが合意されたものということができる。

ところで、被告は、本件機械に被告主張の各瑕疵が存在する結果、本件機械の最大製造能力を一分間一四個、あるべき稼働率を八〇パーセントとしても、実際の製造個数は、その67.71パーセント(三二二万五六〇〇個分の二一八万九一七個)ないし64.17パーセント(三二二万五六〇〇個分の二〇六万九九六四個)にすぎないと主張する。

そこで、本件機械が契約において合意された製造機能を有しないかについて検討すると、<証拠>によれば、昭和五四年三月から六月までの平常運転による実績でみた場合、ロータリー機は稼働一分当たり約12.8個、組立機は同じく一分当たり約8.7個、テスト機は同じく一分当たり約九個及び9.1個の良品を生産している事実、しかし、右は良品の生産個数であつて、総生産個数を示すものではなく、総生産個数でいうとテスト機の場合一分当たり約9.7個及び一〇個であること、更に右実績における機械の稼働時間中には、故障による機械の停止のほか、部品待ち・部品不良・ロット切換え・作業打合わせ・小休止・製品点検・機械点検・部品充填・清掃などによる機械停止時間を含むとみられるところ、原告が昭和五一年六月に被告三島工場で実施したテスト機の四時間分の稼働計調査によると、全稼働時間中にロスタイムが約二三パーセント含まれ、ロスタイムの原因は機械故障など原告側の責任範囲とみられるもの五七パーセント、被告側の責任範囲とみられるもの四三パーセントであり、全稼働時間中に占める被告側責任範囲によるロスタイムが約一〇パーセント存在すること、ロータリー機及び組立機についてはこのような調査資料がないが、テスト機よりも部品待ちによるロスタイムがやや少ない程度であること、昭和五四年六月から一〇月までの間三回にわたる鑑定人松田博信の実地調査によるロータリー機及び組立機の製品不良率は、サンプル数の少ない調査ではあるが、前者につき一三六分の三で約2.2パーセント、後者につき二三二分の四で約1.7パーセントであること、この数値(製品不良率及び被告側責任範囲の機械停止時間数)を基礎としてロータリー機及び組立機につき約定の機能に対する達成率を推定すると、ロータリー機につき約七九パーセント、組立機は約五九(一分間一六個の約定の場合)ないし六八(一分間一四個の約定の場合)パーセント及び六〇ないし六九(同前)パーセントであり、テスト機について前述の実際の総生産個数を基礎として、被告側責任範囲の機械停止時間数を調整した約定の機能に対する達成率は約七〇(一分間一六個の約定の場合)ないし八〇(一分間一四個の約定の場合)パーセント及び約六七ないし七七(同前)パーセントであることを認めることができる。

(三)  以上によれば、鑑定時点で、本件機械は契約で約定された一分間当たりの最大製造能力を下廻る達成率をあげるにとどまつており、右達成割合の低さは主として前記(一)で認定した本件機械の不具合箇所に起因するものと認めるのが相当である。

5  本件機械の瑕疵による損害

このような本件機械の瑕疵によつて被告が原告に賠償を求めうる「目的物に不完全な点があることを知つたならば被ることがなかつたであろう損害」とは、本件機械の各部分のうち、使用に耐えず人手による作業に切り替えた箇所(以下、「甲部分」という。)については、本件機械の代金総額中の当該箇所に相当する額であり、使用に耐えるが最大製造能力を下廻る生産能率しか得られない部分(以下、「乙部分」という。)については、本件機械の代金総額中右稼働率低下部分に相当する額であるというべきである。また、本件機械に組み込まれた機器や部品のうち不具合のため被告において取り替えたもの(以下、「丙部分」という。)については、被告が補修のために出捐した費用がこれに当たる。

しかして、前認定の事実によれば、右の甲部分に相当するのは3(一)の②であり、損害額は、ロータリー機の代価が三一三二万六〇〇〇円であることは当事者間に争いがなく、右代価中第八ステーション部分のみに相当する数額を知ることのできる証拠はないので、ロータリー機が九個のステーションから成ることから代価の九分の一が右第八ステーションに相当する額と推定するほかはなく、しかるときは損害額は三四八万六六六円となる。

また、乙部分については、最大製造能力を組立機及びテスト機につき一分間一四個とすると、稼働率は、ロータリー機につき八〇パーセント、組立機は二台の平均が六五パーセント、テスト機は二台の平均が78.5パーセントとなるから、ロータリー機の代価三一三二万六〇〇〇円から第八ステーションに相当する三四八万六六六円を除いた残額の二〇パーセント相当額五五六万九〇六六円、同じく組立機の代価一億三六四万九四〇〇円の三五パーセント相当額三六二七万七二九〇円、同じくテスト機の代価一億七二八万八二〇〇円の21.5パーセント相当額二三〇六万六九六三円の合計六四九一万三三一九円となる。

右金額を直ちに本件機械の瑕疵に基づく損害と認めることの当否については、前記鑑定の結果によれば被告が生産能率の向上と製品の信頼性向上を目的として元来予定されていなかつた作業者を本件機械に複数配置している事実が認められるので、これらの作業者の配置がないとした場合、本件機械の生産能率は低下し、損害額はより多額になると思われる事情が存在するのであるが、一方、<証拠>によれば、被告側にも本件機械の生産能率を妨げる諸事情、すなわち、組立機及びテスト機には作業者が手で一個ずつ製造用部品を挿入するステーションがあり、作業者の遅速に影響されること、ステーションによつては部品の良否の目視検査をも含むなど作業者が複数の作業を担当させられていること、精度不良の製造用部品により不良品が生産され、その手直し作業や再テストも行われること、被告工場では機械の保守や製造用部品供給などの間接作業者の配置が十分でなく、直接作業者がこれらを兼ねていることなどの事情が存在することが認められ、これらは損害額認定についての減殺要因となるから、以上のような積極消極の両要因を相殺すると、前記の金額をそのまま損害額と認定するのが相当である。

次に、丙部分については、<証拠>によれば、昭和五二年五月、マノメーター一四台の取替に被告が四五万八〇〇円を要したことが認められる。

しかして、被告は、本件機械の改造及び改善のために、昭和五一年三月から同五三年四月までの間にロータリー機につき三三五万八〇八〇円、組立機につき九四五万二六〇〇円、テスト機につき一三四九万三一〇〇円(これには前記のマノメーター一四台取替費用を含む。)を支出したと主張し、<証拠>は被告の右主張に副う証拠であるが、<証拠>によると、各改修工事は昭和五一年から同五三年四月までの期間にわたつて行われており、引渡し後日時を経過すれば平常の機械の保守や使用状態の良否も機械の状態に影響を及ぼすうえ、本件機械の使用により常時必要となる取替用機械部品について、被告が無償提供を要求したため原告が供給せず、やむなく被告において日本国内で部品を調達し、あるいは国産部品を使用可能とするために機械の改造をした分が存在し、更に本件機械の元来の設計及び構造を変更するための工事によるものもあるとうかがわれるので、被告主張の支出額のすべてが本件機械の瑕疵によると認めることはできず、支出額のうち本件機械の瑕疵による支出と明確に認められるのは前記マノメーター取替費用のほかには存在しないといわなければならない。

6  被告主張の各種の損害のうち、瑕疵担保責任の対象となるのは、以上に判示したものに限られ、その余は瑕疵担保責任の対象外となる。

そうすると、被告の相殺の抗弁は、以上の合計額六八八四万四七八五円の限度においてのみ理由があり、その余は理由がない。

7 前記一によれば、原告及び被告はいずれも商人であるから、瑕疵担保については民法五七〇条のほかに商法五二六条が適用され、同条によると、被告の民法五七〇条、五六六条に基づく損害賠償債権の行使に対して原告は再抗弁として、(イ)引渡しのあつたこととその時期、(ロ)引渡し時期から(瑕疵あることの通知をなすべき)相当期間が経過したことを主張できるのであるが、原告は右(ロ)の主張をしていないうえ、被告はこれに対する再々抗弁となるところの引渡しの時期昭和五一年三月末における瑕疵の修補請求の事実を主張しており、右事実が認められることは前認定のとおりであるから、右再抗弁を主張する実益はないものである。

また、民法五七〇条、五六六条三項によれば、原告は被告の同じ抗弁に対する再抗弁として被告が瑕疵の存在を知つたときから一年を経過したことを主張することができ、これに対して被告は再々抗弁として右一年内に損害賠償の請求をしたことを主張することができるのであるが、原告は右一年経過の事実を主張していないし、仮にこれを主張したとしても、除斥期間についても民法五〇八条を類推適用できる結果、被告が瑕疵の存在を知つたのち瑕疵担保責任を問うなど履行として認容したときに瑕疵担保に基づく損害賠償債権と売買代金債権は相殺に適状となるのであって、相殺適状を生じたのちは、除斥期間経過後であつても両債権の間で有効に相殺をすることができるから、本件相殺の抗弁の提出によつて履行としての認容がなされたと解すれば、原告が一年経過の事実を再抗弁として主張しても、右損害賠償債権行使の再々抗弁が既に訴訟上に現われているため、無意味な主張に帰するものである。

五瑕疵修補との同時履行

被告の抗弁二と三との関係について検討する。

不完全履行を理由として完全な給付を求める買主が不完全な給付を履行として認容して売主に対し瑕疵担保責任を問うに至つた場合、完全な給付を求める請求権は消滅すると解される。それゆえ、抗弁二は抗弁三に対する再抗弁の意味をもち、抗弁二を主張する以上、抗弁三を主張する実益はなく、抗弁三については判断する必要がないものというべきである。

六再抗弁二について

再抗弁二は、抗弁二が債務不履行に基づく損害賠償債権を自働債権とする相殺の抗弁である場合に、それに対する再抗弁の意味をもつが、この意味の抗弁二の理由がないことは既に述べたから、再抗弁二については判断する必要がない。

七結論

以上によると、原告の本訴請求は、売買代金残額三二四一万八八一五円と部品代金二九八万九一六〇円の合計三五四〇万七九七五円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日昭和五三年三月一四日から完済に至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容できるが、その余は理由がない。

よつて、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(稲守孝夫)

別表一ないし四<省略>

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